第五話“月での刺客”


「ねえ」
霞が囁く
「・・・ん?」
神威がけだるそうに答えた
「仕事ってどういうことをしてるの?」
「うーん、そうだな」
神威はしばらく考えてから
「いろんな人からいろんな依頼を受けることかな。
 それが人探しだったり、人助けだったり。
 結構無茶な依頼も受けるよ。
 今回みたいに他人の屋敷に入り込んで人をさらって来て欲しいとか。
 人にはなんでも屋とか便利屋とか呼ばれてるかな」
「ふーん、そうなんだ」
霞の表情は意外という側面も見せず、あっさりとしたものだった

2人はいつものようにいたずらに時間を浪費してから店へ出掛けた
さすがに一月もいるともうすることもなくなって来たようである
何をするわけでもなく、居住区をさまよい歩いた
居住区自体大きいと言うわけではない
すぐに端から端まで歩けてしまう
その檻とも呼べる環境に二人はいた

「・・・え!?」
突如霞は神威から引き離された
1人の男が霞を抱えながらその場を走り去ったのだ
神威の前には大男が2人立ちはだかる
大男2人は体格がよく、そのスーツの下にははち切れんばかりの筋肉が詰まっていた
傍目からは神威の倍の大きさはあるのではないかと錯覚するほどだった

「なんなんですか、あなたは?」
霞の怒声が響く
しかし、男はそんなことには構わず走り続ける
すぐそこは港
そこには男が事前に用意していた小型船が見えた
「いやー、離して!離してよ!!!」
霞の声には全く反応しない
もう船は目の前だった
そのとき、ふいに後ろに影が見えた
その影は男を飛び越え、男の前に姿を現した
「ま、まさか・・・なんでお前がここにいるんだ!?」
怯えを含む声で男が吼える
そこに立っていたのは神威だった
神威の瞳には冷静な光がたたずんでいた
「あの2人はどうした?」
「いくら居住区が武器類の所持を一切認めていないとは言え、少しは刃物でも持ってた方がよかったかもね。
 俺相手に丸腰なんて馬鹿のすることだ」
余裕の笑みを浮かべる神威
「くっ!」
男はあわててナイフを取り出した
「この女がどうなってもいいのか?」
男は霞にナイフを突き付けた
こういう場面の常套手段ではあるが、一般人には有効な手だ
相手が一般人ならの話だが
「それで?」
神威は余裕綽々だ
「彼女に手を出していいのかい?
 殺すのが命令ならその場で殺してるはずだ。
 連れ出そうとしてるってことは生かしとかなければいけないってこと。
 それともお前は後でゆっくり殺すのが趣味なのかい?」
神威の冷徹な目から男は恐怖を感じた
「ちぃっ!」
男は舌打ちすると霞を神威の方に投げた
あわてた神威が霞を受け止めると同時に複数のナイフが神威の顔に迫る
間一髪これをかわすと神威は一旦離れ、霞を降ろした
男はなおも執拗にナイフで襲う
この男意外と食えない
ナイフのさばきは大したもので、宙を高速で飛ぶナイフは再三に渡って神威を攻め立てた
空を切ってはいるが、確実に神威を追い詰めている
そしてついにナイフの切先が神威の上着を切り裂いた
「神威!」
霞の悲痛な声が響く
「どうだ!」
男も優位な立場に置かれたことで気を大きくした
だが
「へぇ、少しはやるね」
この状況下でも神威に焦りの色はない
むしろ、さらに冷徹さが増しているようにも見える
「じゃあ、今度はこっちからも行くよ!」
目の色を変えた神威は右手を男に向けた
「え?」
「なんだと?」
なんと!その右手が淡く光り始めた
その驚愕の光景に霞も男もただただ驚いた
「ま、まさか!その手は・・・『光の手』!?」
男がそう叫ぶやいなや、神威は猛スピードで男に迫り、ナイフを右手でつかんだ
ナイフはすぐにその原型をとどめられなくなった
ドロドロに溶ける
神威はなおも男に言う
「まだやるかい?」
その言葉に男は取り乱し、あわててその場から逃げ出した

「リリス!」
船に戻った神威は叫ぶ
「すぐに月を離脱する。準備してくれ」
その言葉にリリスに緊張が走った
「何かあったんですか?」
「男に霞がさらわれそうになった。おそらくはあの屋敷の関係者だろう。意外と大きなとこみたいだね」
「わかりました。すぐに出港します!」

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