第三話“そして月へ”


「お疲れ様です」
かわいらしい女の子の声が響いた
その子の見た目の印象から10に届いたかどうかといったところだろうか
「ああ、そうだな」
その言葉のテンションの高さに対し、神威の返事はあまりにそっけなかった
「あ、あの・・・」
ここでようやくさっきまで目を点にしていた少女が口を開く
「あ、とりあえずまず何か着ないといけませんね。さすがにその格好じゃマスターの目に毒だから」
「誰が毒だよ」
女の子=リリスのあどけない一言に、神威がむくれた
「ほら!早く服を出して差しあげましょう」
そう神威を促し、渋々神威は服を取りに部屋を出た

「すみませんね、残念ながらこの船にはマスターしかいないんで、男物しか置いてないんですよ。
 でもよかった。マスターの物でサイズがちょうどみたい」
「お前は一言余計なんだよ」
さらに神威は機嫌を損ねた
少女は10代半ばくらいのようであり、背丈もその年齢の平均と変わりなかった
一方、神威はその少女とほとんど背丈が同じだった
神威は10代後半くらいだろうか
「あ、あの・・・」
会話に置いてきぼりを食っていた少女が申し訳なさそうに口を挟んだ
「確かにさっきまではお屋敷のお庭にいたんですが、それが今は全然別の場所になっていまして・・・」
「ああ、転送装置のことか」
「びっくりしました?さっきの光によってあなたは一瞬にしてこの船へとんだんですよ」
やさしく説明するリリス
「船?海の?」
「いや、空飛んでます」
「空!?」
「と言うか、宇宙船ですけどね」
「まあ、じきに慣れるさ。挨拶が遅れたね。俺は神威。こっちはリリス」
「はじめまして。よろしくね」
少女を置き去りのまま2人は自己紹介
あわてて少女が返した
「あ、私は・・・私は・・・」
だがなぜか言葉に詰まる
「X206と言います」
「えっくすにぃまるろく???」
「はい、お屋敷ではそう呼ばれていました」
その答えに対し、神威は少し考えると
「じゃあ、君の名前は今から霞ね。決定!」
「え!?」
「またまた身勝手なことを」
「いいじゃないか、X206なんて通し番号よりはマシだろ!?」
「そうかもしれませんが」
「いいかい?」
「はあ・・・」

しばしの沈黙の後、霞が口を開いた
「ところで、なぜ私をあそこから連れ去ったのですか?」
至極まっとうな質問に二人は顔を合わせた
「いや、頼まれ事でね、君をあそこから助け出して欲しいって」
「あなたはあそこに幽閉されていたんでしょ?」
「いえ、そんなことは。私はあそこで暮らしていただけです」
「だが、あそこから出たことはあるかい?」
神威の質問にしばし言葉を詰まらせた
「・・・いいえ」
「それを世間一般では幽閉って言うのさ」
「まあ、そういうことですね」
霞は表情を暗くした
「まあ、これで彼女を引き渡せば今回の仕事は終了だな」
「そこなんですよね、問題は」
リリスが話の腰を折る
「実は二梃木(にちょうぎ)さんから彼女をそのまま預かるように言われていて・・・」
「は!?なんでだよ!!!」
「私に言われても・・・」
「俺は子供の相手はしたくないぞ」
「自分だって子供のくせに」
「なんだって!?」
「いえ、なんでも。とりあえず二梃木さんから前金で結構な額を提示されたので、断れなかったんですよ」
「・・・いくら?」
リリスは神威に耳打ちした
「そんなにもらったのか!?」
「はい」
「・・・じゃあ仕方ないか」
あっさり神威は引き下がった

「これからどうなさいます?マスター」
神威はしばらくモニターを見ながら考えてから
「そうだな、ひとまず月へ行こうか」
「月へ?」
霞は突然のことに目を丸くする
「ああ。あそこならよっぽどのことがない限り追手は現れないだろうし。それに君も体力を回復させないとね」

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