第二十七話“神威 5”


「ここは、一体どこだ?」
「ここは貴様の心の中だ」
神威の目の前に1人の初老の男が現れた
男は全身に黒い布を纏っていた
「心の中!?・・・ふっ、何を言っている?」
「その証拠に、貴様には右腕が存在している」
神威ははっとした
確かにないはずの右腕がそこにはあった
「・・・お前は誰だ?」
「そんなことはどうだっていい!問題は別にある。そう、すでに危機は迫っているのだ」
黒い布の奥から男の眼光だけが鋭く光っていた
「危機!?あの虫型のメカのことか?」
「違う。あれは我々が放ったものだ」
「なんだって!?」
神威の気質が変わる
「お前らが、お前らが霞を殺したって言うのか!」
神威の全身から怒りの炎が立ち昇る
「なぜそんなことを!」
「聞け!我々がしていることなど取るに足らないのだ。
 今から始まる、いやすでに始まっている未曾有の悪夢に比べれば!」
景色が変化する
まばゆい光の空間だった場所の一部に映像が映し出される
「こ、これは!?」
「貴様は知っているはずだ、すでにこのことを、奴らの存在を!」
「・・・何を言っている?」
「夢を見たはずだ。奴らの、あのすべての文明を破壊し尽くす、究極の悪魔の夢を!」
映像には、神威が夢に見ていたものが映し出される
宇宙大戦の映像だ
大量の虫型の戦艦がもう一方の宇宙船を破壊し尽くす
「奴ら?あの巨大戦艦の軍団のことか?」
「奴らは銀河の、宇宙の、全宇宙の破壊神!進化する化け物!この世のすべてを消し去る存在!」
神威は固唾を呑む
「なんなんだ、奴らとは?奴らとはいったい!?」
破壊された宇宙船側から別の、全く形状が異なる3隻の巨大戦艦が現れた
「ゲッターだ・・・『ゲッターロボ』だ!」
「『ゲッターロボ』!?」
「奴らこそ、進化を促す魔法の光体、『ゲッター線』で駆動するロボット『ゲッターロボ』だ!」
「進化を促す、だと!?」
「そしてあの巨大戦艦こそが、『ゲッター軍団』を統べるすべての元凶の源!
 『ゲッターエンペラー』だ!」
1隻の巨大戦艦から放たれる、凄まじいエネルギーを持ったビーム
艦隊が次々と消滅
近くの星が半壊した
「これが・・・ゲッター・・・『ゲッターエンペラー』・・・!?
 これが、これがこの世界を破滅へと追いやるのか!?」
「そうだ」
神威は再び固唾を呑む
背中を伝う冷たい物の感触をここでようやく実感できた
たった1発のビームは、その宙域に無数に存在した戦艦の半数近くを一瞬にして蒸発させた
「『ゲッターエンペラー』の力は圧倒的だった。
 『人類』を駆逐するはずだった我々は、逆に『人類』に駆逐されようとしていた」
なおも進攻する巨大戦艦
残った艦隊は次々と敗走した
「『第一次オリオン大戦』は完全なる敗北だった。続く第二次大戦、第三次大戦も。
 さらに『ゲッター軍団』は侵攻を進めた。
 今まさに・・・、『ゲッター』という脅威の前に、今まさに宇宙は滅びようとしている」
神威の全身から汗が噴き出す
自分でも全身が震えているのがわかった
映像が切り替わる
そこには、1つの銀河が映し出された
「我々に残された手段はただひとつ!
 過去に飛び、『ゲッターロボ』の起源を絶つ!それだけだった」
「過去に飛ぶ!?まさか、そんなことが可能なのか?」
「そうだ。現在、ギィンバグ軍曹がその準備をしている」
ここで神威は奇妙な違和感を感じた
夢の中では、ギィンバグ軍曹と呼ばれていた者はすでに・・・
「残された手段は過去に飛ぶ、それだけのはずだった。
 だが、我々に残されたわずかな刻に抗うがゆえに、別の考えを持った者たちもまた存在した。
 ・・・力だ。力で奴らを制しようと考える者たちだ!」
男は映像を指差す
「力で!?こんな圧倒的な戦力差で!?・・・そんなこと、可能なのか?」
「わからん。だが、我々は可能性にかけた。同じ『人類』の進化の可能性にな」
「同じ『人類』!?どういうことだ」
映像は銀河の中に存在する星々を次々と映し出して行った
その中には、神威が今いる双子の星、そして神威が以前いた星もあった
「!?・・・なんだ、これは?」
「我々はこの最果ての辺境の銀河を実験場にした。
 ここで大量に拉致した『人類』を育て、進化させ、
 『ゲッターロボ』に対抗できる新たな『人類』、そして第二の『ゲッターロボ』を作り上げようとしたのだ!」
「な、なんだって!?」
衝撃の事実に、余りの衝撃の事実に硬直する神威
「じゃあ、『ファースト・アース』や『セカンド・アース』の民は・・・全員『人類』!?」
「そうだ、それだけではない。貴様が以前いた星も、その他の星に住む者たちもみな『人類』。この銀河全体が巨大な実験場なのだ!」
自分たちは、宇宙の脅威と同じ人種
破壊神と呼ばれる者たちと同じ生き物
同じ・・・化け物
「そんな、そんな・・・」
「そんなバカなと言いたいか!?だがこれが真実だ。
 もともとこの銀河には、生命はいても知的生命体は存在しなかった。
 まさに実験場としては最適だった。
 貴様らは自分たちの歴史ははるか昔から続いていると信じていたようだったが、それは違う。
 どの星の歴史も数百年とない」
「嘘だ!こんな圧倒的な力を持つ『ゲッターエンペラー』の庇護を受けたる『人類』を、そう簡単に拉致などできるか!」
自分と『人類』は違う
否定したいと願う思いが、言葉を紡ぐ
「『人類』は一時期その勢力圏を広げすぎた時代があった。
 当時『ゲッター』の庇護が未だ及んでいない星域にまで。
 その『人類』の油断により、我々はとある惑星をその星ごと拉致したのだ」
「星ごと、だと!?」
あまりのスケールの話にたじろぐ神威
「そんな・・・、お前たちは星ごと拉致するほどの力を持っているのか?
 それなのに全く『ゲッター』にはかなわないと言うのか!?」
「『ゲッター』の力とはそれほどまでに絶大なのだよ」
「・・・」
次々と語られる真実に、もはや神威は言葉を失っていた
「とは言え、まともに育っている星は数えるほどだった。
 貴様が以前いた特異な能力を持つ者が支配する星、あの星もなかなかに興味深かった。
 そこで、手を加えたんだが・・・、まさかあれほど呆気なく滅びるとはな」
「!?・・・じゃあ、あのとき『人』に武器を与えたのは・・・」
「我々だ」
「な、ふざけるなっ!お前らのせいで・・・」
神威の手が怒りで震える
「だが、貴様は生き残ったではないか。
 我々がかつて、『人類』の輸送をする際にその指揮をしていた宇宙船で・・・」
神威が拳を振るう
だが、男は苦もなくそれをかわす
「しかも、機械文明に特化した星にたどり着いた。
 貴様の能力と機械文明の出会い。
 我々は直感した。これなら『ゲッターロボ』をも撃ち破れるのではないかと」
男は神威の背後に回り、羽交い絞めにした
「がっ」
その形のまま耳元に囁く
「そして我々が提供した技術とも順応した。貴様は進化を始めたのだ。
 すべては『ゲッターロボ』を倒すため」
神威は、体にまかれた両腕を解き放った
男と距離を取る
「ふざけるな!俺のいた星を滅ぼし、霞を殺した。お前らに協力する理由などない!」
「そんなものは必要ない!」
男は手を差し出した
「我々が憎いなら手を取れ!さすればさらなる力が手に入る。我々が放ったメカも難なく倒せる!」
「なんだと!?」
突如の申し出に疑心暗鬼になる神威
「何を言っている?そんなことをしてみろ!俺はお前らを真っ先に滅ぼす!」
「我々を滅ぼしたとしても、それはかまわん!
 それで貴様が『ゲッターロボ』を打ち倒し、すべての宇宙の文明が救われるのであれば!」
「!?」
神威は黒い布の奥にある、その男の目を見た
自分とはまるで構造の違う目だが、その目は信念と決意に満ちていた
「自分たちを犠牲にしてでも、・・・宇宙を救おうと言うのか?」
「そうだ!・・・さあ我々が憎いなら手を取るがいい」
神威は男の決心に自分の憎しみが躊躇しているのを感じた
これが悲劇の始まりだった
「し、しかし・・・」
「立ち止まるな!進化を続けろ!それが我々に残された唯一の存在への道だ!」
「くっ!」
苦渋の顔をした神威は手を差し出そうと、歩を前へ進めた
ガシッ
何かが神威の歩を止めた
下を見ると、神威がいる場所にだけ闇が広がっていた
光の中に存在するただひとつの闇
そこから1本の手が伸びている
手が脚に絡み付く
「な、なに!?」
闇の中から顔が浮かび上がった
「れ・・・ん・・・ら・・・」
「あ、兄貴!?」
さらにもうひとつ、少女の手が伸びた
「かむ・・・い・・・」
「ああ、そ、そんな・・・か、霞!?」
手は闇の底へと神威をいざなう
引きずり込まれる体
「・・・ち、違うんだ。俺はただ、ただ守りたい者を守りたかっただけで・・・」
神威の脚が、腰が、胴体が、闇に沈む
「兄貴、霞・・・俺は・・・」
ついには顔すら闇に溺れる
闇から突き出しているのは、神威の左手だけだった
「そんなバカな!?・・・こんな、こんなはずでは・・・」
男は姿を消した

辺りは再び静寂に包まれた

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