第十六話“深紅と漆黒”


床一面に深紅の色が広がった
おそろしいほどにそれは紅く、美しい輝きを放っていた
その美しい池の中心に、先ほどまで神威の体につながっていたはずのものが存在する
「ああ・・・あ・・あ・・・」
ようやく現実に引き戻された神威は、左手で右腕を押さえながら距離を置く
再び剣が振り上げられるのが見えた
「くぅ・・・ちぃっ!」
振り下ろされた剣筋を今度は見切ってよけて見せた
だがその目には生気が感じられない
怯えを示していた
今まで見たことがない神威の表情
目の前に繰り広げられている光景が信じられないといった顔だ
それでも霞の剣は止まらない
かろうじてそれらをかわすが、部屋は無限ではない
すぐに後ろが詰まった

次の瞬間、かわせない一撃が振り下ろされる

だが寸でのところで切っ先は止まった
神威の左手が剣の刃を押さえている
その左手は漆黒に輝いていた

「神威!応答しろ!神威!」
ふいに強制通信が入る
「二梃木さん!これはどういうこと?いったい何をしたの!?」
音声だけの相手に向かってリリスが厳しく問う
「今はそんなことをしている暇はないんだ!君もわかっているだろう?・・・神威はどうした?」
「霞さんが襲ってきて、今その相手を・・・。マスターの・・・マスターの右腕が・・・」
「くっ、しまった」
二梃木が唸る
「『陰大無烈破動』眠れ!X206」
二梃木がそう叫ぶと、霞の剣に込めていた力が急激に弱まる
剣から手が離れると霞はそのまま床に倒れ込んでしまった
それとほぼ同時に神威も霞の脇に倒れ込んだ
「マスター!?霞さん!?いけない。すぐに医務室へ運んで!」
悲痛な声を張り上げながら、リリスは救急メカをすぐさま動かす
2人は医務室に運ばれた

船内が慌しい中、再びリリスが二梃木に問う
「いったい・・・いったい彼女に何をしたの?」
今度はモニタに映し出されている二梃木は少しの沈黙の後、口を開いた
「・・・『コントロールワード』だ。X206を意のままに操れる言葉さ」
「えっ!」
二梃木の言葉に驚きを隠さないリリス
しばらく考えて言葉を口にする
「そんなものがあったなんて。・・・それがあれば彼女を誘拐するのは私たちじゃなくてもよかったんじゃないですか?」
こんな戦いに巻き込まれている現状
それを受けてのリリスの言葉だった
「そういうわけにはいかないさ。こんな危険な言葉を一介の兵士に知られてしまっては後々面倒が起きる可能性がある。
 この言葉を知っているのはごく一部の人間だ」
二梃木は淡々と言葉を続ける
「それにこの言葉をあの組織は口伝で管理していてね。手に入れるのに多大な労力をこうむったのさ」
二梃木は不敵に笑った
その冷淡な微笑から、どのような行為をして手に入れたか、容易に想像できた
「ついでに言うなら、神威ほどの者は軍全体を見渡してもそうそういないのさ」
ここでふとリリスがあることに気が付く
「まさか・・・まさか霞さんにマスターを殺すように命令したんですか?」
鋭い視線が二梃木を捉える
慌てて二梃木が答える
だが
「そんなことはない!ただ厄介な右手を処分してくれと命令しただけだ」
その言葉に一気に顔色が変わるリリス
「あなた方の考えはよくわかりました。・・・通信を終わります」
「待て!こんなことをしている場合じゃないんだ!地上は今・・・」
通信は途絶した

リリスは医務室へと向かった
治療を受けている神威を心配そうに見つめる
続いて霞に対して、こう呟いた

「『陰大無烈破動』霞よ、“ディスパレイド”でメザルー基地を破壊しなさい!」

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