第十三話“遭遇戦”


「大丈夫ですか、彼女は?」
リリスが心配そうに神威を見つめる
「ああ、とりあえずは眠っている・・・だけ・・・だ」
声が途切れるより先か、神威はそのまま倒れてしまった
「マスター!?」
リリスが悲鳴のような声を上げる
だがすぐ神威は目を開けた
「・・・大・・・丈夫だ。・・・さすがにちょっと働き過ぎたようだな」
見ると神威の体には無数の傷がつけられていた
特に背中の一筋に伸びた傷は思いのほか深く、そこから肉が見えそうなほどだった
無理もない
あれほどの基地から生還してきたのだ
その傷が戦闘の激しさを物語っている
「すぐに治療ロボを機動させます」
リリスが言ってしばらくして、担架を運んだメカが操縦室に入り、神威を医務室へと運んだ
「あまり無茶はしないで下さい。冷凍血液にも限りがあります。
 マスターはこの星の人たちのように簡単には治療できないのですから」
移動中、リリスが苦言を呈する
「うぐっ」
神威の痛々しい声が医務室に響く
「確実に昔より力が落ちている。以前のようにはいかないみたいだ」
自分の非力さを忌々しげに語る神威
「だが、これは俺が決めたことだから。これ以上悲しみを持つ人間を増やしたくない。
 ・・・あんな思いはもうこりごりだ」
「・・・マスター」
激痛に顔が歪んだが、その目には決意の光がこもっている

ビィーーー!ビィーーー!ビィーーー!
神威の治療が済んだ瞬間にけたたましく警報が鳴った
「なんだ!?・・・リリス!」
「確認します。これは・・・『セカンド・アース』軍の機体です。
 機体の認証コード・・・不明。
 機影は・・・3です」
「なんだって!?」
神威が声を荒げた
「しまった!いつの間にかそんな宙域を飛んでいたのか」
「すみません、私が気がつかなかったばかりに。・・・ですが、ここはまだ『ファースト・アース』の宙域のはずです。
 ・・・機体、モニターに出ます!」
医務室であるため、携帯型のモニターに映像が映し出された
その機体は異様な形体をしていた
ひし形の中心部分から長い手足が伸びている
これはあの機体だ
「これは!?なんだかわかるか?」
「形状と情報を加味して考えて・・・おそらく“リトファイズン”かと」
「あの『セカンド・アース』の通信にあった奴か!これが!」
神威は感嘆の声を上げた
「新型の機体が3。ということは・・・向こうから攻めて来たのか?」
神威は唇をかんだ
「リトファイズンか。情報は何かあるのか?」
「つい先日、軍と交戦した記録があります。そのときは一個小隊を全滅させられたようです」
その言葉に顔をしかめる神威
「向こうも勝てる可能性のある戦力を手に入れて、態度を変えてきたというわけか」
「このまま接触すればおそらく攻撃されます。
 この船の認証コードは『ファースト・アース』軍のものになっていますから」
神威は仕事をこなす上で、施設に入りやすい、また情報を得やすいという理由から船の認証コードを書き換えていた
おかげで軍の施設にも楽々出入りできていたが、それが裏目に出る格好になった
神威は落ち着きを伴った声で言う
「戦闘機ならどうとでもなったが、今の状態で戦闘は無理だ。リリス。君の操縦でいいからこの宙域から離脱してくれ」
「了解しました」

突如リトファイズンから複数のミサイルが放たれた
弾幕を張り、回避しながら進む宇宙船リリス=クレサード
リリスはこの船のメインコンピューターであり、普段は立体映像の形で神威と接している
そのリリスの神経が船の細部にまで行き渡り、手となり足となってミサイルの雨から直撃を防いでいた
この船はリリスがライフシステム全般を管理しているが、操縦となるとパイロットがいた方がはるかに動きやすい
それでも逃げ切るだけならリリスだけでも可能なはずだった
だが

「え?・・・なに?これはいったい?」
リリスが普段から張り巡らせている情報網に新しい情報が引っかかった
それはあのとき二梃木が見たものと同じもの
だが戦闘中のこの一瞬の隙は致命的だった

・・・一発のミサイルが船に直撃した

衝撃が走る船内
「な、どうした!?リリス!」
神威がその衝撃に戸惑いながら、リリスを呼ぶ
「申し訳ありません、マスター。被弾しました」
非常事態のため、姿を現さず声だけで伝えるリリス
その声はか細く、今にも消え入りそうだった
「状況は?」
「メインエンジンをやられました。
 なんとか誘爆は免れましたが、補助エンジンだけでは推力が上がりません。
 このスピードでは敵から逃げ切れません」
状況は一変した
「すみません、私がへまをしたばかりに」
元気のない声がもれた
神威が声をかけようとした次の瞬間、また衝撃が船を襲った
リトファイズンの1機より放たれたビームが左の翼をもぎとったのだ
この船の大きさはリトファイズンの3倍
敵にとっては格好の的だった
「あ・・・ああ・・・」
リリスの悲鳴が船内に響く
いよいよ状況は絶望的になった
いつ撃墜されてもおかしくない状態
その状況下で、ある決意を固める神威

「リリス・・・“ディスパレイド”で出るぞ!」

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